ボディガードは、食事に気をつかう人が多いです。特に異なる食文化を持つ海外での任務の際には、いつも以上に食事に気を使います。国連の同僚の中には海外出張中、生ものは一切口にしない人も少なくありませんでした。私は、もともとお腹があまり強くなく、すぐにお腹を壊す体質なので本来ならば、人一番食事には気をつかうべき人間です。代わりがいないエスコート任務や、警護対象者と常に行動を共にするPPOの任務の際には、私もお腹を壊しそうだなと思う生ものや今まで口にしたことがない食材には手を出さないようにしていました。しかし、アドバンスの際には、現地の人に受け入れられるかが重要で、仲間として受け入れられると、強力なサポートが得られその後の警護も楽になります。そのため、私は現地の人が食べる食事を同じマナーで極力食べるようにしていました。
味はともかく日本のように蛇口をひねれば飲んでも平気な綺麗な水道数が出る国は、そこまで多くはありません。安全な水が確保されていないような国では、歯を磨く際の水やシャワーの際の水にも気を使わなければなりません。少し勿体ない気もしますが、歯を磨くのは、ボトルの水で、シャワーの際は間違って水を飲まないようにしっかり口をつむって浴びるようにしなければなりません。上記の2点は、ボディガードでなくても海外へ良く行く人の間では有名なことで、実践されている方も少なくないはずです。しかし、意外に盲点なのが果物です。特に大量の水を浴びて、大きく育つ水分量が高い果物は気をつけるべきです。安全でない水を吸って育った果物を生で食べてしまうとお腹を壊す可能性があります。実際、私は初めての海外任務でコロンビアの田舎町に行った際にホテルの朝食バイキングで見たことがないフルーツをたくさん食べてしまい、後でかなり苦しみました。
下痢止めといえば、日本では正露丸が有名です。真相は分かりませんが、ボディガード仲間の間では、腹下しは現地の薬でないと効かないと言われていました。私は、海外出張デビューしたてのころは正露丸とImodiumをかならずバッグに忍ばせていましたが、経験を積むにつれバッグからは正露丸は消え、最終的には少量のImodiumを念のために入れるぐらいになっていました。
コロンビアのフルーツでお腹を壊した他にも、私はインドネシア、インド、ルーマニアで1度ずつ通算4度痛い目に合っています。
宿泊していた首都ジャカルタから車で1時間30分ほど離れた距離にあるインドネシアの田舎町を日帰りでアドバンスをした際、すっかり遅くなってしまいお腹も空いたので現地でサポートをしてくれた人たちをねぎらう意味も込め現地のレストランで食事をとることになりました。このレストランは、作り置きされた料理がテーブルの上に並んでおり、食べた分だけお金を払うというシステムでした。暑いインドネシア、インフラ整備が整っていない田舎町でエアコンもなかったため、冷蔵庫に入れることもなく暑い店内のテーブルの上に長時間放置されていた料理からは腐敗臭が感じ取れました。しかし、現地サポートの人たちはおいしそうにそれらの料理を食べ、日本人の私には魚料理が好きだろうと特に腐敗臭がきつかった魚料理を勧めてきました。先にも書いたように、アドバンスの際には、早く現地の人と仲良くなるために出来るだけ同じ食事をするように心がけていましたが、こればかりはヤバいと思い断りました。しかし、何度も何度も勧めてくるので、仕方なく数口だけ食しました。数口にとどめたんですが、これがかなり強烈だったようで案の定ジャカルタに戻ってすぐに腹痛に襲われ、その夜はほぼトイレの中で過ごしました。アメリカから持って行ったImodiumでは全然効かずジャカルタのアドバンスをしていた同僚に現地の下痢止めを買ってきてもらい、それを飲みどうにか翌日には回復しました。
2度目のインドは、ボディガード以上に世界を飛び回るフライトアテンダンスの方たちの間ではシャワーを浴びる際に口にガムテープを張って絶対に水が入らないように気をつけている人がいるほど腹下しのハイリスクの国です。インドに行く前から、その話を聞いていたのでかなり気をつけており、インドネシアの時と同じ失敗を繰り返さないように水にも食事にもかなり気をつけていたのですが、最終日に原因不明の食中毒におかされました。インド最終日に急に体調が悪くなり、発熱で大量の汗をかき暑くて暑くて仕方がないと思ったら、今度は極度の寒気、そしてこの繰り返しが延々と続き、腹痛もひどく、インドからアメリカに戻る機内では8割方トイレにこもって食事すら取ることが出来ませんでした。この出張は、インドのあと、アメリカを経由して、中米のエルサルバドルとホンジュラスの2ヵ国を周ることになっていました。エルサルバドルに到着後も腹痛は続いていたのですが、幸い熱は収まったのでエルサルバドルとホンジュラスでは穴をあけずに任務をこなすことが出来ました。
3度目は、ルーマニアで生の鶏肉を誤って食べてしまったことでカンピロバクターにおかされました。ルーマニアは、貧しい国ですが、それでもヨーロッパなので変な食事が出されるとは思っておらず少し油断していました。鶏肉の揚げ物を食べたところ、中の鶏肉に全く火が通っていなかったのです。この経験からボディガードは、比較的安全な国での食事であっても中が見えないものは一度切って中を確認してから国に入れるべきだと学びました。
上の動画は、2019年に行ったフィジーの首都スバにアドバンスで行った際に、現地の警察と親しくなるために現地の正装であるブラを着こみ、客人を歓迎するさいに振舞われるカバを飲んだ時のものです。申し訳ないですが、どうしても清潔には見えない布に木の根から作った粉末を入れて混ぜたものを飲んだ際は、また腹下しをするかもという不安がありましたが、意外にも何も起こりませんでした。
一緒に働く現地の人と親密になるには、現地の文化を理解することが重要ですが、ボディガードはその業務内容から腹下しや食中毒になっている暇はありません。こうした面でもやはりバランスが大切です。
相手の文化を受け入れる姿勢を見せて、腹を割って話し合えた仲間は、一緒に働いた期間が短くてもその関係は長く続きます。ボディガード業界は、そこまで大きくありません。いつどこでまたその人と会い、一緒に働くか分かりません。信頼が出来る仲間が世界中にいることはボディガードとしてかなりの武器となります。
私はまだ現役を続けることも出来ましたが、国連を辞めた時点でボディガードの現役からは退きました。しかし、今後もし私のもとで訓練を積み、海外で活躍をするボディガードが出てきた際には、現役時代に築いたネットワークをフルに活用して協力をしたいと思っています。
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