ボディガードの誠意と根気

以前、日本人だったから、パレスチナでとても良い待遇を受けたと書きました。しかし、日本人であることが酷い態度を取られる原因になることもあります。私が国連本部警護チームに配属されたばかりのころのトラベルコーディネーターは、イスラエル人女性で中東の情報には詳しいがアジアについては何も知らない人でした。当然ながら彼女は日本と韓国の間に歴史問題があることも知るはずがなく、韓国への出張があるたびに私をアドバンス(先着警護)に任命していました。

(写真上)板門店に行った時もありました。

私自身は大学生のころに韓国人女性と4年ほどお付き合いしていたこともありますし、韓国人に対して差別も偏見もありせん。日本も韓国も若い世代は、音楽などを通してお互いの文化を認め合っているようですが、年配の方にはまだ差別や偏見を持つ人もいます。国連本部の警護官として出張をする際には、出張先の外務省の担当官と密な連絡を取ることになります。どこの国でもそうですが、外務省の上層部となるとそれなりの年齢の方が多い傾向にあります。私が初めて韓国にアドバンスを行ったのは韓国第2の都市とは言え、ソウルに比べて地方色が強い釜山でした。渡航前に、連絡を取っていた外務省の人からは特に差別や偏見は感じませんでしたが、釜山で対応をしてくれた年配の地方公務員数名からは私が日本人という理由でかなり露骨に嫌悪感を示されました。打ち合わせには10名ほど参加しており、その中で韓国語を理解できないのは私だけだったため、打ち合わせを韓国語でするのは仕方がないことですが、それを訳してくれようという人も誰一人としていませんでした。途中、何度か英語で質問を試みましたが、「英語は分からない」とだけ答え、何もなかったかのように再び韓国語での打ち合わせが続けられました。打ち合わせには、警護を一緒に担当するブルーハウスセキュリティ(大統領警護隊)のメンバーも参加していましたが、彼等は基本、年功序列が日本よりも厳しい韓国ですので、年配者たちに逆らうことなく黙っているだけでした。

(写真上)2012年ソウルで行われた核セキュリティ・サミットで使用したピン。

警護対象者が行く場所の下見には一緒に連れて行ってくれるものの、説明は全て韓国語なのには変わりがありませんでした。でも私には秘策がありました。アメリカの大学で仲が良かった韓国人留学生と卒業後も連絡を取り合っていたので、その人に連絡を取り電話越しに何を言っているのか訳してもらったのです。大学時代の友人で信頼が出来る人だとは言え、本来は警護上の理由で関係がない人に情報を漏らすことは良いことではありませんが、他に選択肢がないので仕方がありません。たまたま信頼できる友人がいたから良かったですが、もしこのような友人がいなければきっと通訳を雇って対応したと思います。なかなか大変な思いもしましたが、どうにか初めての韓国出張任務は無事に遂行することが出来ました。この時、韓国への出張はこれでは終わらないような気がしていたので、滞在中、また一緒に働く可能性が高いブルーハウスセキュリティのメンバーには、「私は敵ではない。同じ目的を持つ同志だ!」としつこいぐらい訴え続けました。

(写真上)助けてくれた大学時代の友人には、あとで一緒に食事に行き感謝を伝えました。

私の予感は当たり、トラベルコーディネーターが他の人に変わるまでの間、何度も韓国へアドバンスとして送られました。しかし、回数を重ねる毎に、ブルーハウスセキュリティのメンバーの私への対応は明らかに変化してきました。生まれた国が違っても、話す言語が違っても、同じ人間ですから、何度も顔を合わせ、根気よく説得を続ければ、いずれ信頼は生まれます。

2013年、朴槿恵氏の大統領就任式に招待された国連の高官のエスコートとして参加した時に最初に行った時には考えられないような対応をされました。私がエスコートしていた高官には脅威がなかった為、当初は青瓦台の中までは入れず、エスコートしてきた高官が出てくるまで車付けで待機だと言われていたのです。エスコートの場合には、ずっとついて回る必要はなく、それでも特に問題はないため、私は言われた通り待機するつもりでした。しかし、青瓦台に着くと、以前一緒に働いたブルーハウスセキュリティのメンバーが私を待っていました。そしてなんと彼は私を青瓦台の中へと案内してくれたのです。エスコート対象者が朴槿恵大統領と会談をしている部屋の場所を教えられた後、その彼は「お腹減っていないか?」と聞いてきたのです。「空いている」と答えると、会談は最低でも30分はかかるからと、近くの食堂に私を連れて行ってくました。そこでパッと食事を済ませ、支払いをしようとしたらもう支払いが済んでいるというのです。一緒に食事をしていたブルーハウスの彼も席を立ち先に支払いを済ませた様子もなかったので、「???」となっていると店の人が店の奥にいる男性を指さしました。そこには以前一緒に働いたブルーハウスの違うメンバーがいたのです。彼は私に笑顔を見せ、慣れない英語で「友よ、おいしかったか?僕のおごりだよ」と言うんです。誠意をみせ、根気よく関係を築こうとしていた努力が報われた瞬間でした。

(写真上)2013年、韓国第18代大統領就任式の使用したピン。

土地勘もなく、言葉も分からない外国で辛い思いをすると挫けそうになりますが、ボディガードには常にどんな状況でも平常心と柔軟な考えを持ち続けることでその困難な状況も打破できます。押してダメな時には、一度引いてみましょう。ただ韓国の場合には、選択肢があるのなら日本人がアドバンスをするよりも一目で外国人だと分かる欧米人やアフリカ人がアドバンスをした方が比較的苦労しないで済むと思われます。


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