ボディガードの自尊心

平成30年に警察庁が発表した「人口減少時代における警備業務の在り方に関する報告」の中でも触れられていますが、近年の警備業の人材不足問題はかなり深刻で、有効求人倍率も全職業の平均が1.0倍なのに対し、警備員は6.53倍とその深刻さが顕著に現れています。これは、賃金の低さ社会保険未加入問題が関係しているようです。そのような劣悪な環境では、人気が出るわけもなく、せっかく入ってきた貴重な次世代を担う人材も仕事に自信や誇りを持つことが出来ないでいます。

某就職活動のサイトを覗いてみると、社会的地位が低い「底辺職」というカテゴリーに警備業もリストされていました。同サイトによると日本の警備業の平均年収は300万ということです。アメリカでも警備業の社会的地位は、日本と同様に底辺職の扱いを受けています。US. Newsによれば、セキュリティガードの平均年収は$29,680、上位25%でも$37,950と給与面でも日本と大差はありません。

因みに日本では、たとえ4号警備をする民間の警備会社の警備員であっても給与は、その他と大差がありません。しかし、アメリカやインドの場合には、世界的なセレブリティやCEOなどの警護に付けば、かなりの大金を手にすることが出来るようです。ハリウッドスターのボディガードの給与は、大体$42,000から$145,000で、平均でも$64,700(約650万円)と言われています。インドの映画俳優兼プロデューサーのアミール・カーン氏や同じくインドの映画俳優サルマン・カーン氏のボディガードの年収は約3000万円とも言われています。やはり警備業で給与も含め大きなキャリアアップを求めるのなら、アメリカやインドといった現在とても羽振りが良いボディガード市場に挑むと良いでしょう。

話が少しそれてしまいましたが、本題に戻りますと底辺職と呼ばれ、いつもぞんざいな扱いを受けていれば、無意識のうちに卑屈になってしまってもおかしくありません。そうした精神状況では、クライアントの干渉で書いたようなセキュリティ・オペレーションにまで口を出してくるクライアントの言うことを「ボスの言うことだから…」と我慢して聞いてしまうようになってしまいます。

年配のクライアントが両手に大きくて重い荷物を持っている姿を見れば、誰でも人として手伝ってあげたいという気持ちにはなります。しかし、ボディガードは万が一の際の為に常に両手を空けておく必要があるので、荷物を代わりに持つような行為は慎みます。ただ前出の卑屈になっているボディガードには、ボディガードの核を忘れ、クライアントに重い荷物を持たせられないと、自ら荷物を代わりに持つような人もいます。ボディガードの本質をよく理解しておらず、手下ぐらいに思っているクライアントからは気が利く出来る奴と褒められることもあるかと思います。しかし、プロの同業者からは、「Glorius Luggage Carrier」、つまり「名誉な荷物持ち」と揶揄されることになります。

私にもこんな経験があります。ある警護対象者Vとその夫人を空港まで連れて行く任務だったのですが、空港に着き夫人が座る側の車のドアを開けると、Vが私に向かって「これは私の荷物だ」と言うのです。もちろん私に持っていけという意味なのですが、私は「そうですね」と答え夫人が車から降りると早々に車のドアを閉めました。もちろん、Vには予めクライアントオリエンテーションの際に警護官がVの荷物を持つことはないと伝えてあります。しかし、そのVには通常、階級社会が根付く国の出身で、言葉は悪いですが、奴隷気質がいつまでも抜けない警護官Rが着いており、いつもVの荷物を持っていたのです。このときも、先に空港入りしていたそのRは、私の行動に焦ってすぐVが座る側のドアを開け、荷物を代わりに持っていました。Vと一緒に出張に出かける警護官Rは、自身の荷物もあるうえにVの荷物まで持っているので歩くだけでも大変そうで、もし何かあっても対応は出来なかったでしょう。あとで聞くと、案の定そのVは、私のことを荷物すら持ってくれない気が利かない人だと言っていたようです。残念なことに世の中には警護人まがいが多く、その警護人まがいたちの間違った行動が、クライアントに誤ったボディガード像を植え付けてしまっています。

前職の国連本部警護課では、CPOC/R-CPOCを合格した者しかハイリスクの国や地域での警護や、警護チームのリーダーをすることは出来ません。前出のRは、CPOC/R-CPOCに挑む権利を得る予備試験にすら合格が出来ない警護官で、主としてデスクワークと脅威がほぼない警護対象者のエスコート業務しか任されていません。

結局、理由は色々あるにしても、卑屈になって本来の仕事とは異なることをさせられるような環境では、本当のプロは育ちません。自身のやっていることに自信を持ち、常にボディガードとして正しい行動を心がけることこそがプロのボディガードには絶対的に必要です。そしてそのような労働環境を見つけることが、キャリアアップの最短の道だと思います。


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