本日のトピックは、「レジデンシャル・セキュリティ」、つまり警護対象者の私邸警護についてです。
私邸警護と言えば、直近では昨年末(2022年12月15日)に、南米・ガイアナ共和国で大統領公邸の警備に当たっていた警備員がナイフで刺された上に銃を奪われ銃撃戦にまで発展する事件も起きています。
警護対象者が最も襲われることが多い場所が1日の起点と終点となる自宅だという事を考えれば、自宅に警備員を配置する必要性はお分かりいただけると思います。
私邸警護の重要性は、どのレベルの警護でも変わりません。ただ警護予算が限られていたり、自宅に警備員を常駐させるスペースがなかったりと、色々な問題でやむなく警備員を配置する事を諦める依頼者もいます。そうした場合、警護対象者には自宅に警備員を置かないことで生じるリスクを説明し理解してもらう必要があります。
自宅の場合、屋外とは異なり、警護対象者を護る手段として、(投石等防止の為に)ガラス窓を減らす、もしくは防弾ガラスを使用する、外壁を高くし、中を外から窺わせないようにするなど、物理的に防御を高めることや監視カメラやモーションセンサー、アラームシステムを導入するといった、いわゆる機械警備により警備を強化することが可能です。そうした背景が影響してか、自宅に警備員を配置することになっても、残念なことに私邸警護には、外で警護に当たるチームを1軍とするなら、それより落ちる2軍が配置される場合が多いのです。
※以下、私邸警護チームを「Rチーム」、警護対象者と共に行動をする警護チームを「CPチーム」と言う。
筆者が警護の経験を積んだ国連本部では国連事務総長の自宅に、事務総長の在否も、祝祭日も関係なく、24時間年中無休で警備員が配置されてはいます。しかし、残念ながら国連本部も上記の例に洩れず、事務総長のRチームは、CPチームと同様に警護課所属であるにもかかわらず、警護課の毎年の訓練予算は9割方、事務総長と共に行動するCPチームに当てられ、Rチーム所属の警備員には訓練や教育が施されることがほぼありませんでした。そうしたこともあり、チームとして任務に当たる際にCPチームとRチームにはどうしてもギャップが生まれてしまっていました。
国連事務総長の私邸警護の場合その仕事は、アクセス・コントロールや監視カメラによるモニタリング、外周のパトロール、事務総長宅に届く荷物のスクリーニングに加え、事務総長やその家族宛てにかかってくる電話の対応、週末は本部の代わりに、外出中の事務総長の動きをCPチームと連絡を取り合いながらトラッキングするなど多岐にわたっています。
他にも事務総長が外出先から自宅に戻る際には、CPチームがRチームにSite Repを求めます。これは対象者を自宅に連れ戻っても安全か否かの確認です。この時に外周に知らない車が停まっていたとします。きちんと訓練を受けた警備員なら、実際に車の近くまで行き、運転手が乗っていればそれとなく声をかけ、運転手がいない場合には窓などから車の中に不審物がないかなどをチェックします。民間の場合にはなかなか難しいですが、SSや国連警備隊のような機関であれば、必要に応じて警察に連絡をし、その車のレッカー移動を依頼するなど更に色々出来ることがあります。しかし、十分な訓練を受けていない警護員の場合、監視カメラで停車する車があることは確認できても、その後適切な対応を取れない場合があります。準備周到な襲撃者はこうした弱点を見逃しはしません。
何か強い意志や目的で、わざわざ襲撃しづらく襲撃するチャンスが少ないハード・ターゲット狙う襲撃者は、充分な準備時間を設ける場合が多く、中には何ヶ月にも及ぶサーベイランスを実行し、ターゲットの最も弱い部分を導き出す者もいます。数少ないチャンスを失敗せずに1回で物にするためには当然です。警護員は、そんな相手と対峙し、護りきらないといけません。いくら厳重な警備システムを導入していたとしても、最後は人の手によるところがまだまだ強いのです。素晴らしい警備システムが完璧に機能するためには、それを操作し、適切な対応をとれよう充分に訓練された者が必要不可欠です。
以前Standoff Distanceについて書きましたが、ホワイトハウスのように建物と外壁までの距離が充分に取れていれば、万が一爆弾を積んだ車が外周に停められているのに気付かず爆発したとしても、対象者の生存可能性は低くありません。(ホワイトハウスや国連本部の場合には、充分なStandoff Distanceに加えてボムシェルターまで準備されています) 。しかし、十分なStandoff Distanceが取れないシチュエーションでは最悪な場合、1993年のワールドトレードセンター爆破事件やオクラホマ連邦ビル事件 (1995) のようなことにもなりえます。広大な土地があるアメリカなどでは民間でもホワイトハウスほどではないにしても、外門から家が見えないような大豪邸もたくさん存在しますが、日本ではなかなかそのような物件を見かけることがありません。特に都市部では充分なStandoff Distanceを保つことが難しい状況なので、警護ではリスクをどれだけ早くに察知できるかが鍵となります。
多くの人は、「日本は安全な国だから」と銃撃事件や爆破事件が身近に起こるとは思っていないでしょうし、まして自宅で襲われるなんて想像もしていないでしょう。しかし、警護に携わる者がそういった意識では困ります。警護での失敗は死につながることもあります。一生に一度あるかないかの事であったとしても、その一回を自身が警護や警備にあたっている際に起こすわけにはいきません。「想定外」は許されないのです。もし起こしてしまったら、その後も警護に携われるとは思わない方が良いでしょう。つまり、そこであなたの警護としてのキャリアは終わります。安倍元総理の事件が良い例です。安倍元総理の事件は警護の甘さを突かれたわけですが、きっと誰もが日本でこのような暗殺事件が起きるとは思っておらず、警護担当者たちさえも無意識のうちにガードが下がっていたのでしょう。もう少し銃撃しにくい状況を作れていたら、もう少し早く危険を察知で来ていたら、もしかしたら状況は変わっていたかもしれません。こうしたことを踏まえ、自宅だから安全、機械警備を導入しているから大丈夫と高を括ることなく、レジデンシャル・セキュリティにも経験や能力のある人材を配置するべきです。実際、欧米の警護業界では、現在こうした動きがかなり活発になっています。
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