交通事故対応

どんなに気をつけていても、交通事故に巻き込まれてしまうことはあります。警護車両の事故といえば、2013年に安倍総理の車列が5台の玉突き事故を起こしています。日本に限らず、海外のボディガードの教本を見ても、事故や襲撃を避けるテクニック等は紹介していても、実際に事故に巻き込まれてしまった際の対応について書いている教本を私は見たことがないので、今回は事故に巻き込まれてしまった際の対応について紹介したいと思います。

まずは警護任務についている国の法律を知っておかなければなりません。ボディガードは、法律家ではありませんので、弁護士のように法律を全て熟知しておく必要は当然ありません。しかし、警備業法だけでなく、業務上必要な最低限の法律は自分を守るうえでも勉強しておく必要があります。普通に考えれば当然のことなのですが、意外にこれを怠るボディガードが多いことには大変驚かされます。

日本では、「交通事故の場合の措置」について、道路交通法・第72条で定められています。以下はその条文の一部抜粋したものとなります。


1.

交通事故があつたときは、当該交通事故に係る車両等の運転者その他の乗務員(以下この節において「運転者等」という。)は、直ちに車両等の運転を停止して、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない。この場合において、当該車両等の運転者(運転者が死亡し、又は負傷したためやむを得ないときは、その他の乗務員。以下次項において同じ。)は、警察官が現場にいるときは当該警察官に、警察官が現場にいないときは直ちに最寄りの警察署(派出所又は駐在所を含む。以下次項において同じ。)の警察官に当該交通事故が発生した日時及び場所、当該交通事故における死傷者の数及び負傷者の負傷の程度並びに損壊した物及びその損壊の程度、当該交通事故に係る車両等の積載物並びに当該交通事故について講じた措置を報告しなければならない。

2.

前項後段の規定により報告を受けたもよりの警察署の警察官は、負傷者を救護し、又は道路における危険を防止するため必要があると認めるときは、当該報告をした運転者に対し、警察官が現場に到着するまで現場を去つてはならない旨を命ずることができる。

3.

前二項の場合において、現場にある警察官は、当該車両等の運転者等に対し、負傷者を救護し、又は道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図るため必要な指示をすることができる。


上記のうちボディガードが注目すべきは、道交法の72条に書かれているのが運転手乗務員に関することのみで、同乗者については触れられていない点です。通常、車の事故の責任はドライバーが負うものであり、同乗者は責任を負わないのが原則だからでしょう。すなわち法律上、クライアント(同乗者)に関しては、乗車する車(以下「VC」)が交通事故に巻き込まれた場合でも、警察の到着をその場で待つ必要がないということです。

ボディガードは交通事故に巻き込まれないようにするのが大前提ですが、万が一にも事故に巻き込まれた場合には、VCとその運転手のみを現場に残し、クライアント(同乗者)は事故に巻き込まれなかった車列の他の車両(スペア・カーもしくは警護車両)に乗せ換え、引き続き目的地へと急ぎます。このような事故等も想定して、車での移動の際には、2台以上の車両での移動が望ましく、さらに可能であれば、VCのスペア・カーも組み込めれば理想的だと言えます。

国連本部警護チームでも、10分程度の短距離はスペア・カーを使用していませんでしたが、それ以上の距離の移動には、スペア・カーを車列に加えていました。スペア・カーを組み込んだ車列で最も有名なのは、アメリカ大統領の車列でしょう。アメリカ大統領車列には、常に全く同じ2台のビースト(大統領専用車両の愛称)が組み込まれています。これは、大統領がどちらに乗っているか分かりづらくする目的もありますが、1台が事故や故障等で使えなくなった際には、大統領をもう一台に乗せ換えられるという理由もあります。実際、2007年にブッシュ大統領(当時)がイタリアのローマを訪問した際にメカニカル・トラブルでVCが急にストップしてしまった際や、2012年にオバマ大統領(当時)がアイルランドのダブリンを訪問した際にビーストがスロープにひっかかり身動きが出来なくなってしまった際に、大統領をスペア・カーへと乗せ換えた事例があります。

(動画引用元: Associated Press)

前述の2007年のケースも2012年のケースも交通事故ではありませんが、交通事故の措置もほぼ変わりません。ただこの交通事故なら良いですが、もし襲撃者が車列を止めるために意図的に起こした交通事故だった場合も考え、ボディガードはまず周囲の状況を確かめます(アセスメント)。安全が確認できた、もしくはすぐにクライアントをVCから避難(エバキュエーション)すべき状態の場合、脅威からVCを護るように警護車両を停車させ、迅速にクライアントを他の車に乗せかえます。なお、事故が起きた際には、まずはそれがたとえ軽度の事故であっても、クライアントにケガなどがないか確認をすることを怠ってはいけません。もしクライアントにケガが確認できた場合には、救急車呼ぶ、もしくは最寄りの病院へ搬送するなどの対応をします。

現場に残ったドライバーは、道交法に従い、警察への連絡、そしてケガ人がいる場合には救護活動をします。万が一、後日クライアントやVCに乗車していたPPOにムチ打ち等事故の影響による症状が出た際には、賠償の手続きを取ります。そのため、現場に残ったドライバーは、事故に関する情報を出来るだけ入手するように努めます。警察から同乗者の有無を聞かれた際には、変に隠さずに正直に話をして状況を理解してもらうことも大切です。

事故での対応が終わったドライバーは、軽度の事故であっても精神的なダメージがあるので、その日は警護任務に戻る必要がないようにすべきです。事故による精神的なダメージはドライバーだけなくクライアントにも起こりうるので、事故があった日はケガなどの身体的ダメージのみだけでなく、精神的なダメージがないか注意を払うようにします。

なお、このような対応は、事故だけなく、2007年のブッシュ大統領のケース同様にVCがメカニカル・トラブル等で動かなくなってしまった場合も同様の措置が可能です。リスク回避ばかりだけなく、こうしたトラブルが起きた際の対応もしっかり学び、そうした事態になった場合にもパニックにならぬよう日頃からシナリオトレーニングなどをチームでしておくと良いでしょう。


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